んじ》、では、ここにて、待ちましょう」
小太郎は、上り口へ、腰をかけた。
「そこは――」
富士春は、両膝をついていたが、こう云うと、片膝を立てた。乱れた裾から、白い肌、紅縮緬が、小太郎の顔を、赤くさせた。富士春は、小太郎の耳朶の赤くなったのに、微笑して
「では、こちらへ」
小太郎の、腰かけている後方から、小太郎の後方の格子の前に重ねてある座蒲団を取るために、手を、身体を延すはずみ、左手を、軽く、小太郎の腰へ当てて
「少し手が――憚りさま」
ぐっと、小太郎の背中へ、身体を押しつけて、届かぬ手を、延していた。小太郎は、周章てて、身体を引きながら、素早く、横にある蒲団をとった。
「えへん、えへん、えへん」
一人の若いのが
「きゅっ――きゅっ」
と、大きい声を出した。源公が、出し抜けに
「浪人って、いいものだのう」
「芝居で見ても、小意気なもんだ」
「然し、扶持離れになると――」
小太郎が、じっと、その方を見た。自分へ当てつけているような感じがして、腹が立ってきた。
「源さん、憚りさま、お湯を一つ」
「へいへい、一つと仰しゃらず、二つお揃いで、持参致します。憚りさまやら、茶ばかりさん」
源公が、湯呑を二つ両手にもって、店の間へ出た。そして
「へへへへ、何《ど》うぞ」
小太郎は、何っかで見た顔だと思った。そして、考えると、すぐ、いつか、掏摸の手首を折った時、正面に、鋸を持って、喚いていた男だと思った。
(浪人、扶拝離れ)
と、いう言葉は、十分に意味がある、小藤次から聞いたのであろう――と思うと、怒りで、頭が濁って来た。張りつめて来た。途端、荒い足音が、近づいて、手荒く格子が開いた。
「おやっ」
益満が、土間へ入ると、小太郎を見て、すぐ、源公へ、じろっと眼をやった。そして
「富士春、罪なことをするなよ」
と、笑った。
「仙波、今聞いた、御暇だとのう」
「それについて、父が、何か智慧を借りたいことがあるらしいが、同道してくれんか」
益満は、土間に立ったままで、腕を組んだが
「断ろう」
小太郎が、眼を険しくして、立上った。
「何故」
「何故か?――わしらの見込みがちがうらしい。名越にも今逢うたが――陰謀などと跡方も無いことじゃ」
富士春が
「休さん、話なら、ゆっくりと上って」
源公は、じっと聞いていたが、立上って、奥へ入った。だが、敷居際で、じっと
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