を立てて、仙波にいった。丁度、その時、老公の顔と、名越の顔とが合ったので、名越が、平伏する。仙波も、すぐ平伏した。
「お退り召され」
二人は、平伏したまま、暫く、じっとしていた。
「将、何んとした」
斉興が、声をかけた。将曹は、襖を開けて、入りながら
「只今、言上」
と、坐って、後ろ手に、襖を閉めた。
「早く――」
と、伊集院が、三度目に促すと共に
「煩いっ」
左源太が、低いが、鋭く叫んで、伊集院を睨んだ。仙波は、木箱の中へ、毀れた人形を包んで入れた。
「退ろう」
と、名越を振向いた時
「両人共、待てっ」
足音と共に、斉興の部屋から、呼び止めた人があった。
襖を開けたのは、横目付、四ツ本喜十郎であった。後ろ手に閉めて、二人の前へ坐ると
「何か、証拠の品が、あると申されるか」
「ござります――これなる――」
仙波が、膝の上で、包みかけていた箱を、差出した。
「暫時――」
四ツ本は、そのまま向き直って、膝行して、書院へ入った。
二人は、膝へ手を置いて、黙っていた。伊集院は、天井を眺めて、腕組をしていた。小藤次は、扇を、ぱちぱち音させていたが、立上って、廊下へ出て行った。
斉興の部屋からは、低い話声が、誰のともわからずに洩れてきた。仙波と、名越とは、斉興が、あの証拠品を見て、何う処置するか? 自分の孫を、呪い殺した下手人に対して、何う憎み――自分達の真心を、何う考えるか?――煙管を叩く音が、静かな書院中へ、響いていた。暫く、そうした沈黙がつづいてから、足音がしたので、二人が、俯向いていると、四ツ本が
「拙者の詰所まで」
と、いって、襖のところへ、立っていた。
「詰所へ?」
「御上意によって、承わりたいことがござる」
「心得た」
名越が、膝を立てた。仙波が
「只今の品を――」
「只今の? 御前にあるが――」
「御持参御願い申したい」
四ツ本が、襖を開けて、膝をついて、敷居越しに
「申し上げまする」
将曹が
「何じゃ」
「その証拠の品を戻してくれいと、申しておりますが――」
斉興が、鋭く、四ツ本の後方に、頭の端だけを見せて、俯向いている二人を、睨んだ。そして、脇息越しに、手を延して、人形を掴んで
「これか」
大きい声と一緒に、四ツ本の前へ、投げつけた。片手を折った人形は、又首を折った。白灰色の眼が剥き出した首だけが、ころころと、四ツ本の前
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