形が、あやふやとは?――何が故に、あやふやか? 高の知れた泥人形ゆえに、あやふやと申されるのか? 牧仲太郎でも召捕えて、白状させれば、あやふやでないと、仰せられるのか? 取調べもなされずと、あやふやと断じて、裁許掛の手へも、御廻しにならぬとすれば、御貴殿も、同じ穴の、むじなと見てよろしゅうござるか?」
「何?」
「仙波、直々、裁許掛へ願い出ることに致そう」
名越が、赤い顔をして、仙波へ、振向いた時、七八人の、静かな足音が、広書院の方に近づいて、障子の開く音がした。
「持って戻れっ」
将曹は、脣と、頬とを痙攣《ひきつ》らせながら、人形と、箱とを、名越の前へ投げ出した。がちゃんと音がして――人形の片手がもげた。仙波が
「何をなさるっ」
と、叫んだ。
「何?」
将曹は、こういって、仙波を睨みつけながら、立上った。八郎太は、頬をぴくぴくさせ、拳を顫わせていた。そして
「お待ちなされ」
将曹の行手へ、膝をすすめた。
「軽率なる御振舞、何故、証拠の品を、毀し召された」
将曹は、少し、額を、蒼白ませながら、小藤次と、伊集院に
「御渡りになったらしい」
と、いって、襖へ手をかけようとした。
「待たれいっ」
八郎太は、手を延した。
「将曹殿」
八郎太が、片膝を立てて手を延し、将曹の袴の裾を掴むと同時に
「無礼者がっ」
室《へや》中に轟く、大きい声であった。そして、真赤になった将曹は、掴まれている方の足を揚げて、八郎太の腕を、蹴った。八郎太は、将曹の、意外な怒りに、態度に、掴んでいた裾を放すと共に、無念さが、胸の中へ、熱い球のように、押し上って来た。
「何んと心得ているっ。け、軽輩の分際を以て、無礼なっ」
八郎太の、下から睨み上げている眼へ、憤怒と、憎悪を浴せながら、将曹は、襖を少し開けた。
「仙波、無益の事じゃ。対手による。戻ろう。戻って――」
将曹は、襖を少しずつ開けつつ
「両人とも、退れっ」
と、立ったままで叫んだ。
「伊集院っ、此奴を退げろ」
将曹の声は、顫えていた。二三寸、隙間の開いた襖から、中の模様が見えていた。六十に近い、当主の、島津斉興が、笑いながら、脇息に手をついて、坐りかけながら、将曹の声に、こっちを眺めていた。その横に、ほの暗い部屋の中に、浮き立ってみえる、厚化粧のお由羅が、侍女を従えて、立っていた。
「お退り召され」
伊集院が、膝
前へ
次へ
全520ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング