に放たれて、称められて、肉体も、精神も、ぼんやりとして、疲れきっていた。医者が立去ろうとすると、新納が
「兵頭を呼べ」
 池上が
「兵頭」
 と、呟いた。そして、首を動かして、起き上ろうとした。四人の者が、片膝を立てて、もし、主人に乱暴でもしようものなら、と池上の眼を、手を、脚を、油断なく見つめていた。
「新納殿」
 池上は、灰色の顔色の中から、新納を睨みつけた。
「裁許掛でもないお身が、何故、濫りに、人を拷問なされた」
 新納は、口に微笑を浮べて
「書生の理窟《りくつ》じゃ。ま、理窟はよい、わしが負けておこう。今、兵頭が参ったなら、改めて話すことがある」
 と、いった時、庭石に音がして、兵頭が案内されてきた。薄汚い着物が、庭の中でも、部屋の中でも、目に立った。侍が、兵頭に、囁くと
「御免」
 と、いって、ずかずかと、池上の側へ坐った。そして、新納へ、挨拶した。
「兵頭」
「はっ」
 兵頭は、両手をついた。
「今、池上を爪責めにした――」
 兵頭は、頭と、手を、さっと上げると、正面から、新納を睨んだ。そして
「ここの親爺とも覚えぬ」
 と、大きい声を出した。新納は、微笑を納めて、兵頭を眺めていた。近侍が、悉く、兵頭を睨みつけた。
「爪責めは愚か、八つ裂き、牛裂きに逢おうとも、一旦口外すまいと誓ったことを、破るような――あははは、ここらの方々には、爪責めで、ぺらぺら喋る人もござるのじゃろ。だから、拷問も御入用じゃ。吾等、軽輩、秋水党の中に、拷問などと申すものはござらぬ。爪責め? 何う責める?」
 兵頭は、一座の人々を、じろりと、見廻して、いきなり、右脚を、新納の方へ投げ出した。そして、右手で、足の親指を握って
「爪を責めるだけか?――見ろっ」
 ぐっと、逆にとった自分の親指
「えいっ」
 ぽきっ、と、音がした。
「新納、見そこなうなっ。吾等薩摩隼人に、拷問をかけて問うなどと、恥を知らぬかっ。おのれが拷問にかけられると、ふるえあがるから、吾等も白状するかと、ははははは。老いぼれたかっ。脚でも――」
 兵頭は、腕をまくって突き出した。
「腕でも――斬るなり、突くなり、折るなり――池上っ。生死命あり論ずるに足らず、一死只報いんとす、君主の恩」
 兵頭は、足を投げ出したまま、大声に、詩を吟じた。誰も、だまっていた。身動きもしなかった。

「武助、御暇《おいとま》致そう」
 少
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