歪んで来た。
「池上、何うじゃ、同志の名を聞こうか」
新納は、煙管をはたきながら、静かに、声をかけた。池上の腹が、波打つように動き、頭髪が、目に立ってふるえてきた。
「池上」
うむーっ、と、苦痛そのものが、洩らしたような、凄い呻きが、池上の口から洩れて出た。手足を押えている四人の侍は、手だけでなく、身体と、脚とで、池上の一本の手、一本の脚を押えていた。
池上は、脣を噛んで、眉も、眼も、鼻も、くちゃくちゃに集めて、苦痛を耐《こら》えていた。指から、腕中、腕から、頭の真中へまで、痛みが、命を、骨を削るように、しんしんとして響いていた。顔色が、灰土のように、蒼ぐろく変って、呼吸が、短くなってきた。仰向いている腹が、人間とは思えぬように、高く、低く、波打って呼吸をしかけた。
「池上」
池上は、黙っていた。新納は、吐月峯《はいふき》を叩いて
「よかろう」
と、いった刹那、池上が
「うっ」
それは、呼吸のつまったような、咽喉からでなく、もっと奥の方から出た音のようなものであった。そして、池上の腹が、胸が五寸余りも浮き上った。人々が、池上の上へ、のしかかった。池上の爪へ、釘を押し当てていた侍が
「突き抜けました」
と、額に、冷たい汗をかいて、蒼白い顔をしながら、小さい、かすれた声でいった。
「手当をしてやれ――気絶したか」
新納が、人々の蔭になっている池上の顔を見ようとした。
「はは、はははは」
人々は、冷たいもので、背中を撫でられた。池上のその笑い声は、幽鬼のような空虚《うつろ》で、物凄い笑いだった。
「あははは、生きていたか――池上、流石に薩摩隼人だ。よく耐えた」
新納が、池上の、灰色の顔を見て、睨みつけるように、鋭い眼をして、こういうと、次の瞬間、やさしい声になって
「池上、お前達の世の中じゃ。その心を忘れずに、しっかり、やってくれ。ただ――ただ、無謀な振舞だけはするな。世の中は広大じゃで、一家一国の争いなどに、巻き込まれるな――感心したぞ――えらいぞ」
新納の眼に、微かに、涙が白く浮いていた。池上は仰向いて、眼を閉じたまま、大の字になって、身動きもしなかった。
医者が来て、釘の突き抜けた疵口を洗って、繃帯をした。池上は、何をされても、黙って、眼を閉じて、身動きもしなかった。又、出来なかった。苦しさに、痛みに、気を失う間際までになっていた。それが急
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