くなった。
敵も、味方も、暫く黙っていた。山内が、右手に刀を持って、左手を柄から放した。そして、後方へ小声で
「布は無いか」
「傷したか」
「指を二本、落された」
「おお、どの指を――」
山内が、右手片手で、刀を構えて、指を後方へ示した時
「山内、見事だ。おれが、対手になる」
「見た面だのう」
若者は、答えないで、刃尖《きっさき》を地の方へつけて、十分の距離を開けた。薩摩独自の剣法、瀬戸口備前守が発明したと伝えられる示現流(一名、自顕流、自源流。自源という僧、天狗より伝わったものという)特異の構えである。
馬蹄の音が、向う山に響いて、青年の背後へ近づいて来た。二三人が、振向くと、三人の士が、馬を走らせて来ていた。
「邪魔の入らぬうち――」
と、一人が叫んだ。
「斎木殿、御対手申す」
最先にいた若者が、刀を抜いた。それと同時に、若者も、牧の人々も、一斉に、鞘を払った。
「兵頭はおらんか、兵頭っ」
遠くから、馬上の人が叫んだ。その刹那
「何がっ、兵頭っ」
山内が、受けると見せて避け、対手の身体の崩れるのを、片手薙ぎと[#「片手薙ぎと」は底本では「片手雉ぎと」]構えていたのへ、兵頭は、こう叫ぶと、雷の如く、打込んで行った。避ける暇は無かった。がちっと受けた。しっかと柄を握ってはいたが、指を二本無くした掌であった。びーんと、掌から腕へ響いて、左手が柄から離れた。刀が下った。兵頭の刃尖が、山内の頭へ、浅いが割りつけた。
腕で斬るのでなく、身体ぐるみで斬りかかった刀だった。山内の頭から、額へ、眉の上へ、赤黒く血が滴って来た。
「池上っ――池上はおらぬか」
と、馬上の人の叫ぶ声が、近づいた。
「新納《にいろ》殿だ」
二三人が、呟いた。
「ええいっ、ええいっ」
兵頭は、刀を真直ぐに右手の頭上へ構えて、山内の眼を睨みつけた。お互に、それは、物を見る眼でなく、人間の全精力を放射する穴のようなものだった。凄惨な、殺気とでも名づけるような異常な光が、放たれていた。
「来いっ――さ、来いっ」
こう答えて、又暫く、二人は、黙って睨み合った。
斎木も、同じように、黙って、正眼に構えたままであった。刀と刀との間が、未だ二三尺も離れてゐた。それが、かちっと、触れて、音立てた時には、どっちかが、傷つくか、殺されるかの時だった。敵も、味方も、狭い道の背後から、隙があれば、一
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