るものであった。波斯軍は戦象と云うのを用いている。

 象軍は、耳を聾《ろう》する様な咆哮《ほうこう》を立てて、長い鼻を巻き上げながら、肉の厚い赤く湿った口をくわっ[#「くわっ」に傍点]と開くのであった。その度に、胡椒と香料を混じた酒の為めに、狂気の様になった怪物の息が、羅馬兵の顔にむっ[#「むっ」に傍点]とばかり襲うのであった。これは、波斯人が戦闘の前に、象を酔わすに用いる特別な飲料なのである。朱泥を以て赤く塗り上げ、それに尖った鋼を被せて長くした牙は、馬の横腹を突き破り、長い鼻は騎士を高く空中に巻き上げて、大地へ叩き付けるのであった。……背中には革で作った哨楼《しょうろう》が太い革紐でしばり付けられて、その中から四人の射手が、松脂《まつやに》と麻緒を填《つ》めた火矢を投げるのであった。――それに対する羅馬軍の防禦はと云うと、軽装したトラキヤの射手、パプラゴニヤの投石手、それにフルチオパルブリと称する、鉛を流し込んだ一種の投槍の上手なイリリヤ隊が立向う。彼等は象の眼をねらって槍を投げる。象は狂奔する。哨楼を縛りつけている革紐を断ち切る。射手は地上に投げ落される。そして巨大な怪物の足下
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