って居た。その隣りでは真っ裸になったパン焼きの奴隷が、頭から足の先まで白い粉を被って、火気の為めに瞼を赤く火照らし乍《なが》ら、パンを竈《かまど》の中へ入れている。糊と皮の匂がぷんぷんしている開け放しの靴店では、亭主が中腰に踞《しゃが》んで燈明の光りで靴を縫い合せ乍ら、喉一杯の声を張り上げて土語の歌を唱って居た。……娼家の門の上にはプリアポスの神に捧げられた、猥らな絵を描いた街燈が点っていて、戸口の帷《とばり》――セントンを挙げる毎に、内部の模様が見透かされた。まるで厩《うまや》の様に小さな狭くるしい部屋がずらり[#「ずらり」に傍点]と続いて、その入口には一々値段が書き出してあるのだ。息の窒《つま》る様な闇の中には、女の裸体が白く見えて居た。……
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更に又、此の小説の冒頭に於けるカッパトキヤのカイザリヤ附近の小さな「安料理屋《タベールナ》」の有様は次のように描かれている。
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……それは藁葺《わらぶ》きの茅屋《ぼうおく》で、裏の方には汚らしい牛小屋だの、鳥や鵞鳥を入れて庇のようなものがついている。内部は二間に仕切られていた。一方は平民
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