心の中では、この脇差を蘭丸に与うる時の自分の満足と蘭丸の喜びとを予想して、すこぶる幸福であった。
ところが蘭丸は最後まで口をつぐんで答えようとしなかった。
[#ここで字下げ終わり]
これは同じ日の報知新聞の夕刊の矢田挿雲の「太閤記」の一節である。この文章は如何? これは、確かに解りいい文章である。然も一脈の諧謔味を湛えている。ユーモアに富んだ軽快な文章であると云える。大衆文芸の求める、よき文章の一例であろう。
最後に、同じ報知新聞の、吉川英治の「江戸三国志」から引用しよう。
[#ここから2字下げ]
やっとそこらの額風呂の戸があいて、紅がら[#「がら」に傍点]いろや浅黄のれんの下に、二三足の女下駄が行儀よくそろえられ、盛塩のしたぬれ石に、和《やわ》らかい春の陽が射しかける午少し前の刻限になると、丁字風呂の裏門からすっと中に消え込む十八九の色子がある。
曙染の小袖に、細身の大小をさし、髪はたぶさ[#「たぶさ」に傍点]に結い、前髪にはむらさきの布をかけ、更にその上へ青い藺笠《いがさ》を被って顔をつつみ、丁字屋の湯女《ゆな》たちにも羞恥《はにが》ましそうに、奥の離れ座敷に燕のよう
前へ
次へ
全135ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング