に身を隠します。
そこの小座敷には、初期の浮世絵師が日永にまかせて丹青の筆をこめたような、お国歌舞伎の図を描いた二枚折の屏風が立て廻されてあって、床には、細仕立の乾山の水墨物、香炉には冷ややかな薫烟が、糸のようにるる[#「るる」に傍点]とのぼっていました。
「おうお蝶か。きょうは来ぬかと思うていたが」
ふと見ると、屏風の蔭に、友禅の小蒲団をかけて、枕元に、朱|羅宇《らう》のきせるを寄せ、黒八を掛けた丹前にくるまって居た男がある。
日本左衛門です。――むっくりと起て「一風呂浴びて来るから、待っていてくれ」と、手拭をとる。
「ええ、ごゆっくり」
お蝶はニッコとしながら、袴腰の若衆すがたで、何もかも打解けた世話女房のように、あたりの物を片づけます。
この額風呂の庭には植込もかなり多いので、離れの一棟も母屋からは見透されません。手拭を持った日本左衛門は軽い庭下駄の音を飛び石に遠退かせて、向うに白湯気をあげている風呂場の中へかくれました。
それを、濡れ縁の端から見送っていたお蝶は、彼の姿が隠れると、キッと眠くばりを変えて、部屋の四方を見廻しました。
(中略)
(そうだ! 今のうちに)
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