がら悪文の適例である。では、次に――
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永い用便を終って厠《かわや》を出た信長は、自然らしく話の序《ついで》に、近習等に向い
「たれか余の脇差の刻み鞘の数を云い当てて見い、云い当てた者には脇差を与える」
と云う問題を出した。勿論受験者の中には蘭丸も居た。此の試験は大いに不公平である。試験官が問題を漏洩したとは謂《い》えぬが、受験者の一人を偏愛しての出題だと謂うことは出来る。信長ほどの大丈夫《だいじょうぶ》も同性愛に目がくらんで、時々こんなメンタルテストを試みたかと思うと、何とも云えぬ親しみを感ずる。
近習等は我勝ちに答案を提出した。是も随分おかしな話である。まるで根拠が無しに、いくつと云うのだから当るはずも無く、当ってもマグレ中《あた》りである。占のようなもんだと謂いたいが、占だって占者に謂わせればドウして仲々大そうな根拠があるのだから、此の答案は先ず、占よりも以上に、あてずっぽうの方である。
問う者も問う者なら、答える者も、こんにゃく問答以上の、やみくも問答に暫し市が栄えた。
信長は快心の笑を浮かべつつ
「うむ、それから」と順々に答案を促して居たが、
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