した考え方はない(例を云えというなら、いくらでも挙げてやる)。
 朝十時に出て、午食に休み、四時に退出して十五年勤めると恩給である。東京市の一課長は三十年間勤めて、年額七千七百円の恩給をとっている。日本の重役とか、官吏とかは、皆こういう人間である。美術館など、本当に市と、市民のことを考えるなら、そんな金の使途は、いくらもある筈である。東京には、こんなのが威張っているから癪であるが、大阪は、いくらか、その色が薄いので、だんだんすきになってきた。
 都市の面目を考えるなら、美術館を建てる金で、梅田駅前を、清潔にするがいいし、市民に美術教育を与えるつもりなら、矢野君の美術学校へ援助でもするがいい。何か、事があったら、一々、私の所へ相談にきてもらえまいか?
 それから、私は、山を下って、動物園へ出るのである。動物園の園長、燈台守、測候所の人々などという位、真面目で、熱心な人はない。林氏にしても、上野の黒川氏にしても、本当に、仕事への情熱と、愛とをもっている。猩々《しょうじょう》が死にかけたら、きっと、園長は徹夜するだろう。そして猩々を抱くだろう。美術館の予算なんてものは、動物園へ皆やるがいい。
前へ 次へ
全69ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング