えた腰掛が二つばかり、腰を下して渋茶をすすっていると、
「喜遊次とは御前か」
と背後《うしろ》からぴったり左手へ寄りそって立った男。田舎の同心だけは知っている。右手へ立つと抜討というやつを食うが、左手へ立つとそいつが利かない。
「ヘイ、手前」
「一寸外まで」
と、云ったが蓆《むしろ》一枚|撥《はね》ると外だ。四五人が御用提灯を一つ灯して立っているからはっとしたがままよと引かれる。何かのかかり合いだろう。真逆《まさか》露見したのじゃあるまい。と思いながら役宅へつく。
白洲――と云っても自い砂が敷いてあるとは限らない。赤土の庭へ茣蓙《ござ》一枚、
「夜中ながら調べる。その方元佐々木九郎右衛門と申したであろうがな」
さてはと気がついたが逃げはできない。白を切ってその上に又と、
「一向存じません」
役人首を廻して、
「この男に相違ないか」
と云うので、喜遊次ふと横を見ると、篝火《かがりび》の影から、
「確《しか》と相違御座りませぬ。九郎右衛門、よも見忘れまい。中川十内じや」
と、中川十内。奉行又向直って、
「どうじゃ、その方にも見覚えがあろう」
「はっ」
と云ったが、十内が「相
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