、天正二十三年十一月、上杉弾正|大弼《だいひつ》輝虎入道謙信に置かせられましては、越後春日城には留守居として長尾越前守景政を残し、選《え》りに選ったる精兵一万八千騎を引率なし、勝利を八幡に祈って勢揃を為《な》し、どんと打込む大太鼓、エイエイエイと武者押しは一鼓六足の足並なり、真先立って翻《ひるがえ》る旗は刀八《とうはち》毘沙門の御旗なり。大将謙信におかせられましては、金小実《きんこざね》、萌黄《もえぎ》と白二段分けの腹当に、猩々緋《しょうじょうひ》の陣羽織、金鍬形を打ったる御兜を一天高しと押いただき……」
 土間へ、木戸の暖簾《のれん》を頭で分けて一足入れたが、混んでいるから一寸《ちょっと》足を留めて、高座をみるとどっと胸へきた。すっと頭を引込めて、暖簾の間からよく見ると髪も姿《なり》も変っているがそれらしい。
「よく入ってますね」
「へイ」
 木戸番という奴は無愛想が多い。
「今の高座のは、武家上りらしいが、そうじゃ無いんですか」
 木戸番、じろりと顔を見上げて、
「よく御存じですの、何んでもそんな話でげすよ」
 ぷいと出てしまったが、七八間行くと一目散、主人佐々木清十郎の泊って居る
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