(士は、死所を選ばねばならん。生前に志を行い、死を以て又志を行う――見物共は、物珍らしさに群れてきているが、わしを見た時、一点心に打たれる所があろう。それでいい。良心のある人間ならば、いつか、一度は、わしの行いに打たれるにちがい無い。わしは、死ぬが、わしの志は、永久に人々の間に、人間の心の何っかに残っているにちがい無い。志を得て、畳の上で死ぬよりも、こうした悲惨な最期を遂げれば、遂げるほど、わしの志は報いられるのだ。わしは、師に及びもつかぬ下根であるが、只一つ、死所を得た。もし、後世に至ったなら、尚、美化されて、人々の間に残されるであろう)
 大作は、明るい心で、立並んだ人々に、微笑を見せながら、
(わしを見た人々は、必ず、自分の、当今の懦弱《だじゃく》な、贅沢な振舞を省みるであろう。寝静まって、良心の冴えてくる時、不義に虐げられた時――)
 大作は、自分の眼の前に、高く聳えている槍の穂先を、快く眺めている。
(心残り無く死ねる、戦場で死ぬよりも、この方が、大丈夫として立派だ)
 人の出来ないことをして、そうして、こういう死をもって、なお世間へ、自分を記憶させることの出来る自分を、快く
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