いて
「ほんに、お久し振り」
と、いって、側へ腰かけて、香油の匂を漂わして
「妾まで嬉しゅうて――何んしろ、大したお手柄で御座んして」
と、媚を見せた。職人らしい一人が
「えへんってんだ」
と、大きい声を出した。そして
「おい、勘定だ」
と叫んで、銭を抛出して、外へ出ようとして
「おもしろくもねえや、相馬大作がいなくなっちまって」
「全く、お世話様だっ」
お歌が、ちらっと、振向いて
「嫌な奴」
と、いった。
「棄ておけ、棄ておけ。わしの朋輩共でさえ、よく申さん奴がいる」
「でも、本当に、大作様は、江戸中の人気者で御座んしたのに――」
客の無い女が、隅に立って
「お歌さん、いくら、絞るだろうね」
「さあ、御褒美に脚を出して、首を縊《くく》って舌を出してさ」
「本当に、いやな小役人風情が――」
「召捕った顔をしてさ。何んでも、ぶるぶる顫えながら、ついて行ったって、いうじゃないの」
お歌は、右源太に
「今夜、お店を仕舞ってから――」
と、囁いた。
三十四
「お歌、さっきのお侍のお話をしたかえ」
と、婆さんが
「大層な、お手柄だそうで」
と、笑いながら、二人の
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