だ。高の知れた俺一人位のことを、何、喋るもんか――そうだ。女に逢えるぞ。褒美が出るとしたら、あいつ、女房にしてこまそ)
 右源太は、脣にも頬にも笑を浮べていた。

    三十三

(世の中って、運一つのものだ。兄貴の運などは、生れた時から曲っていて、とうとう死んじまったが、俺の運は、兄貴の死んだ時から開けてきたんだ。これで、贋首が判ったって、天下泰平。運勢の御守札は、こちらから出まーあすってんだ)
 右源太は、止めようとしても、出てくる笑を頬に、脣に出しながら
(これで、あの女も、自分のものになる。いずれ御褒美があろうし――お袋に、見せてやりてえや」
 右源太は、賑やかな、両国河岸を、水茶屋の前へきた。往来の人々が、皆自分の方を見て
(あれが、相馬大作を召捕ったお役人だぜ)
 と、囁いたり、噂したりしているように思えた。そして、全く、水茶屋の行燈の灯に照らし出された時、水茶屋の女達は
「あら、女狩様」
 と、叫んで、客の無い者は、走り出してくるし、客のある女は、一斉にこちらを向いた。右源太は大きい女の定紋を書いた衝立の蔭へ坐って
「暫く」
 お歌が、外の客に、愛想の言葉を投げかけてお
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