前へ立った。
「ほんに、胴忘《どうわす》れをしておりまして――先刻二人連れのお侍衆が、お見えになりまして、是非お目にかかりたいと――」
「何んな? 何と申す」
「昵懇《じっこん》な方らしゅう、それでお邸をお教え申しておきましたが――」
「そうか、手柄話でも、聞きたいのであろうかな」
「左様で、御座んしょ」
 水茶屋の前へ、酔った侍が四人脚を縺《もつ》れさせて寄ってきた。
「よい、御機嫌で――」
 と、女達は、寄り添うて、中へ案内をしてきた。士は、[#「士は、」の後は、底本では改行1字下げ]お歌の側を通りかかって
「お歌」
 と、叫んで、その側の右源太を見ると
「やややや」
 といった。そして後ろへ退《しさ》りながら
「これは、これは、女狩右源太殿」
 と、頭を下げた。右源太は、一寸、眉を険しくしたが
「いや、お揃いで――」
 お歌が立って
「さ、あちらの、すいた所へ、御案内仕りましょう」
「いや、すいた所は、ここにある」
 一人が、お歌の手をとって、そして
「片手に大作、片手にお歌、果報者だよ、源太さん。うわっ、こ奴」
 と、叫んで、お歌を、抱きしめようとした。お歌が、逃げたので
「お
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