右源太は、頭を下げて、周章てて、又上げた。大作は、帯を締めて、袴をつけて床の間の刀をとった。右源太は、眼を閉じていた。
「刀はあずかるであろうな」
「はい」
「では――」
 大作が、大刀を、右手で、差出した。
「はっ」
 右源太は、両手で受けた。三尺余りの、長くて、重い刀であった。
「拙者一人に、大勢がかりで、ちと、見とむないの。そうは思わぬか」
 と、いいつつ、四辺を見廻して
「何も無し」
 と、独言をいった。そして
「御苦労――はははは、少し、蒼くなって、顫えているの」
「はっ」
「役人などに、恨みは無い。恨みの無い者は斬らん。妨げるなら、格別、志を達した上はのう――その方一人の手でも、召捕らえられてよい――何うじゃ」
 と、大作は、微笑して
「縄をかけるか」
「いいえ」
「その胆もあるまい」
 大作は、そういって、ずかずかと、玄関の方へ出て行った。
(しまった。縄をかけたらよかったに――いや、この調子なら、頼めば、首でもくれたのに――えらい物を逃がした)
 右源太は、頭の中一杯に、残念さを感じながら、刀をもって、小走りに、玄関へ走って出た。
「道を開けい」
 大作が、叫んだ。役人
前へ 次へ
全71ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング