は無い。役人の一人や、二人斬ったとて、何んになる」
右源太は
(そうだ。大作は、そういう人間だ)
と、思った。そして
「参る。拙者、参ります」
と、叫んで、憑《つ》かれた人のように、ずかずかと、玄関へ進んだ。
「よし、一人でよい。それとも、もっと参るか?」
と、いったが、誰も、答えなかった。大作が、奥へはいると共に、右源太は、敷居につまずきながら、ついて行った。
三十二
大作は、帯を解きながら
「あの時の男か?」
「はっ」
「あの時は、危なかったらしいの」
「はっ」
庭の方に、役人が立っていたが、大作と、右源太とを、じっと眺めていた。与力の一人が、走ってきて、何か囁いて、そのまま、二人に眼をやっていた。右源太は、厳粛な顔をして、立ちながら、小声で
「はっ、はっ」
と、答えて、腋《わき》の下に、冷汗を流していた。大作は、薄い柳行李から、袴を出しながら
「あの節は、拙者を調べにでも参ったのか」
「はっ」
「わしがおったのでよかった。もしおらなかったなら、撲《なぐ》り殺されていたかもしれん」
「忝のう[#「忝のう」は底本では「悉のう」]存ず――」
と、までいって、
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