蒼くなって、立ちすくんでしまった。同心が
「素直に立去れば、咎めは御座らぬ」
と、いって、道一杯になっている役人に
「開けて、開けて」
と、手を払った。その間に、十二三人の役人は、柴折戸《しおりど》から庭の方へ廻って行った。門人達は、役人にお辞儀しながら、次々に出て行った。
三十一
一人が、玄関から
「頼む」
と、いって、片足を式台へかけた。それは、武家に対する、形式的な挨拶であった。返事をしても、しないでも、次には、土足のまま、踏込むのであったが、誰も彼も
(飛道具が――)
と、思っていた。そして、鉄砲が現れたら、音がしたら、地面へ平伏しようと、身構えていた。
「どうれ」
答えがあった瞬間、二三人の役人が、首をちぢめて、かがもうとした。正面へ、大作が、素手で現れて
「御苦労」
と、いった。真先の二三人は、式台から足を降ろした。同心も、与力も、暫く黙っていた。
「召捕にか?」
役人は頷いたり、目で頷いたりしたが、大作の素手が、何をするか知れぬ不安さに、呼吸を殺していて、答えられなかった。
「神妙に致せ」
と、役人の中央にいた与力が叫んだ。
「とくより、覚悟
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