用だが、あの妓《こ》がいると、おっしゃる。はいはい左様で御座い」
一人は、平服のまま、そんなことをいって、人々を眺めていた。
「一人、二人で懸かれる相手か。皆、水盃だ」
右源太は、吐出すようにいった。組下の足軽共が、玄関へ揃ったらしく、騒がしい話声が聞えてきた。
「大抵の咎人は、逃げかくれするから、こちらも忍んで行かなくてはならんが、大作へは、まるで、戦支度の気持だのう」
「念のために、刀を三本位差して行くか」
「大作が手練者《てだれもの》の上に、飛道具があろうし、門人の加勢も見ねばならず――」
「拙者は、そう心得て、胴を下着の下へつけて参った」
一人が、自分の胸を、どんと叩いた。こつと音がした。
「拙者も」
と、いって、一人が部屋を走って出て、稽古道具の方へ行った。右源太は、その人々の走るのを見ると同時に
「待て、わしも」
と、叫んで、柱に、ぶっつかりながら、道具部屋の方へ追っかけて行った。
三十
「捕物だっ。大捕物だっ」
と、街の人々は、口々に叫んで、走ったり、走って入ったり、走って出たり――そして、役人の後方をつけて
「ならん」
と叱られたり――一行が、
前へ
次へ
全71ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング