と、大作が呟いた時、寺の鐘が、時刻を知らせた。
「寝よう」
 と、いって、床へ入った大作は、すぐ寝入ってしまったらしく、静かな寝息が聞えてきた。良輔は、興奮に冴えた眼を、闇の中で、開きながら
(眠るのと、眠られぬのと、これが心の到る、到らんの差だ)
 そう思いながら、眠ろうとしていると、隣りの部屋で、低く
「南無阿弥陀仏」
 と、繰返している男がいた。
(あの男――あの侍、何処かで、見たことのありそうな――)
 と、良輔は思ったが、思い出せぬ内に、寝入ってしまった。

    十八

 南町奉行附与力、曾川甚八が、足早に出てきて
「大作を討取ったとは、ほんとか、入れ、入るがよい」
 と、立ったままでいって、褥《しとね》の上へ坐った。右源太は、縁側に、平伏しながら
「忝のう存じますが、旅着のまま、むさ苦しゅう御座りますゆえ、これにて――」
「首をもって戻ったか?」
「はっ、恐れながら」
 右源太は、喘《あえ》いでくる心臓、呼吸を押えて、酒浸しの布にくるんだ上を、油紙で巻いた首を、布の中から取出した。臭い臭いがした。曾川は眉を歪めながら、右源太の手許を見ていた。曾川の従者が、左右から
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