大作がまた現われたなら?――いいや、越中守を殺した大作が、のこのこ現れよう道理がない。いくら、大胆不敵の奴でも、命は惜しいにちがいない。が、もし、現れたなら?――)
右源太は、行手に、小さく、黒い挟箱を担いで行く小者を、じっと見つめながら、刀を押えて、小走りに、急いでいた。
(現れたなら?――俺は、大作をよくは知らぬが、大作と信じて討取ったのだ、といえばいい。あれ位似ておれば、間違うのも、無理は無いと、誰でも思うだろう。だが――何うして討ったかと聞かれたら?――それは、尋常では討てんから、計《はかりごと》にかけた、と、いえばいい、そうだっ)
右源太は、微笑して、後方を振向いた。人影が無かった。
(恰度《ちょうど》いい場所だ。村にも遠いし、人もいないし――彼奴は可哀そうだが――今、もし、彼奴を討って江戸へ戻らなかったら、俺が人から可哀そうがられるだけだ。人から、可哀そうに思われたって、俺には、何んにもなりゃしない。彼奴か、俺か、この世の中に、どっちか、可哀そうな奴が一つできるようになっているのだ)
右源太は、足踏みして、草鞋の紐の固いのを試し、鯉口を切って、襷《たすき》を取出すと、
前へ
次へ
全71ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング