突いていた。船中の侍は、駕の側、前後に、膝をついていた。駕の中に、垂れをあげた津軽越中守が、腕組して、水を眺めていた。
川下にも、川上にも、小舟の中にも、侍が立って、川面、両岸を、警戒していた。向う岸の、津軽領には、人々が、草の上へ黒々と立っていたし、馬が、槍が、人々の頭の上で動いたり、光ったりしていた。
「出ます」
杭を押えていた侍が、こう叫ぶと共に、船頭が立上って、纜《ともづな》を解いた。船は、静かに、舳を川の方へ押し出しかけて、四人の船頭は、肩へ竿を当てて、力を込めた。
川水は、少し濁っていて、杭には、草が、藁が引っかかっている。岸の凹みには、木切れ、竹、下駄などが、浮いていた。
「おーい」
「おーい」
船頭は、合図をして、竿を外して、艪《ろ》に代えた。船は、ぴたぴた水音をさせつつ、静かに、中流へ出た。
「ああ何か」
と、岸の一人が、呟いた。船べり近くの水面へ、黒い影が浮んできたのが、見えたからであった。
「何?」
一人が、振向いた。
「あれ」
と、指差すか、差さぬかに、水がざっと泡立ち裂けると、白鉢巻をした顔が――手が、足が――
「曲者っ」
「曲者っ」
岸の人々
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