|縮緬《ちりめん》の羽織に、絹の脚絆《きゃはん》をつけていた。
「お泊りなら、すずかなお離れが、空いてるよう」
「お武家|衆《す》様、泊るなら、こっちへ」
 女が口々に呼びながら、小走りに、近づいたが、さすがに、商人にするように、袖を掴まなかった。
「ええ、お娘子《ぼこ》を取りもつで。江戸のお武家衆や」
 侍は笑って
「江戸と、何うして、判るか」
「ええ、身なりがに――さ、寄って、泊って行かっせ」
 勇敢な一人が、羽織をつかんだ。
「お湯も、けれえだから」
「よし、泊ってつかわそう」
「そりゃまあ」
 女は、先に立って
「泊りだよう」
 と、叫んだ。番頭が上り口へ手を突いて、お叩頭《じぎ》[#ルビの「じぎ」は底本では「じき」]をした。
「厄介になるぞ、何程かの」
「へい、二十五文が、定ぎめで御座ります」
「よかろう」
「手前は、浪花講で御座ります、へい、おすすぎーッ」
「ひゃあーッ」

    二

 浪宿の慣らわしとして、三人の相客があった。侍は、床の間を背にして、固い褞衣《どてら》の中から、白い手を出して、煙草を喫いつつ
「南町奉行附、直参、じゃが、ちと、望みがあっての」
「南町奉
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