(士は、死所を選ばねばならん。生前に志を行い、死を以て又志を行う――見物共は、物珍らしさに群れてきているが、わしを見た時、一点心に打たれる所があろう。それでいい。良心のある人間ならば、いつか、一度は、わしの行いに打たれるにちがい無い。わしは、死ぬが、わしの志は、永久に人々の間に、人間の心の何っかに残っているにちがい無い。志を得て、畳の上で死ぬよりも、こうした悲惨な最期を遂げれば、遂げるほど、わしの志は報いられるのだ。わしは、師に及びもつかぬ下根であるが、只一つ、死所を得た。もし、後世に至ったなら、尚、美化されて、人々の間に残されるであろう)
 大作は、明るい心で、立並んだ人々に、微笑を見せながら、
(わしを見た人々は、必ず、自分の、当今の懦弱《だじゃく》な、贅沢な振舞を省みるであろう。寝静まって、良心の冴えてくる時、不義に虐げられた時――)
 大作は、自分の眼の前に、高く聳えている槍の穂先を、快く眺めている。
(心残り無く死ねる、戦場で死ぬよりも、この方が、大丈夫として立派だ)
 人の出来ないことをして、そうして、こういう死をもって、なお世間へ、自分を記憶させることの出来る自分を、快く感じながら、大作は、馬上に揺られて行った。
「この仁が、大作殿か」
 編笠の侍が人混みの中で、笠を傾けて、じっと、顔を見ていたが
「成る程、何《ど》こか、父に似たところがあるのう」
 と、一人の連れに囁いた。
「何こか、横顔に――」
「引廻しの日に、敵の居所をつきとめたのも、何かの因縁であろう」
 大作の馬は、一行は行きすぎた。人々は、二人の立っているところを、雪崩れ出した。
「行こう」
 二人は、人混みの中を抜けて、急いで歩き出した。

    三十六

 一人が、女狩右源太の家の前に立って
「物|申《も》う」
 といった。右源太は、褒美の金を、女の前へひろげて
「何んしろ、大作って奴は、平の将門《まさかど》みたいに、七人も影武者があって――」
「物申う」
 お歌が
「あい」
 と、返事して
「誰方かがお越しに」
「金は仕舞っておくがいい」
「ええ」
 右源太が、立って行って
「誰方」
 と、聞いた。
「女狩殿、御在宿で御座ろうか、ちと、御意を得たく」
「拙者が、右源太で御座るが」
 入口を入った武士が、右源太を見て
「始めて御意を得申す。拙者は、御代田仁平」
 といって、表へ
「弟
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