た。そら歩いた」
 往来の人々が、笑って、集ってきた。
「その上、大の色男で、お歌がぞっこん惚れている」
 女狩は人々の間に挟まれて、赤くなっていた。お歌がそっと後から
「これを――」
 と、いって、財布を渡した。右源太は、握ってみて
(しめた)
 と思うと同時に
(本当に惚れている)
 と、心の底から嬉しさが上ってきた。そして、財布の重みで、大丈夫だと判ると
「参ろう。ここが迷惑致す。参ろう」
 と、人々を振切るようにして、外へ出た。一人が
「大作逃がすな」
 と、いって、右源太の袖をつかまえて、よろめきながら、ついて行った。

    三十五

「相馬大作の、引廻しだとよう」
 一人が、走ってきて、こう髪結床の中の人々へ、怒鳴って駈出してしまうと同時に、一人が、将棋の駒を掴んだまま、往来へ出て
「本当だ、走ってくらあ」
 と、叫んだ。そして、叫び終るか、終らぬかに、子供が、男が、老人が走ってきた。
「引廻しだ」
「引廻しだ」
 家の中から駈出してくるし、女が軒下へ立って眺めるし、髪を結っていた一人が
「親方よしてくれ。後でくらあ」
 と、いって、半|結《ゆい》のまま、走って行ってしまった。
「大作さんのお引廻しかえ、本当に――」
「そうだろう。近ごろ、泥棒は無《ね》えし、火つけは無えし、引廻しなら、あの位のもんだ」
「もう一人、相馬大作が現れて、引廻しへ斬込むかも知れねえぜ」
「そうは行くめえが、一騒ぎ持ちあがるかもしれん。何んしろ、大作の師匠の平山ってのが、変ってるからのう」
「大作の門人も、黙っちゃいめえ」
 人々は、走りながら、久しく見ない引廻しを見に走った。大通りは人の垣であった。どの町角も、町角も、一杯の人であった。屋根へ登っている人もあったし、二階から、天水桶の上から、石の上に、柱に縋りついて――
「見えた」
 一人が叫ぶと、人々は背延びして、往来の真中へ雪崩れ出して、足軽に叱られたり――槍が、陽にきらきらしていたし、馬上の士の陣笠、罪状板が見えてきた。
「何んしろ、津軽の殿様を一人で、二人まで殺したって人だから、強いねえ。あの縄位ぶつと、力を込めりゃ切れるんだって」
「俺なんざ、毎晩女を殺してらあ」
「野郎、おかしなことを吐かすな。来たっ、来たっ」
 大作は、馬上で、茶の紬の袷をきて、髪を結び、髭を剃って、少し蒼白くなった顔をして、微笑していた。

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