」
と、振向いた。齢の若いのが入ってきた。険しい眼をして、右源太を見た。兄が
「御来客の模様なら、往来にて」
「いやいや、どうか、お上り下されい。拙者一人に、女一人」
右源太は
(何うだ。こんな別嬪をもっている士は、ちょっとあるまい)
と、思いながら、先に立って
「こちらへ」
と、いった。二人は、刀をもって、右源太の前へ坐って
「御内儀で御座るか」
「いいえ、妾は、ちょっと、お遊びに――」
「ま、家内同然の」
「いやな――」
と、お歌は女狩を睨んだ。
「時に、右源太殿、相馬大作をお召捕りなされたげで――」
「いや、いやいや、それほどでも――」
「去年、奥州へ、大作を追って行かれたのも御貴殿で」
「左様」
「その節、もう一人の大作をお討取りに――」
「いや、大作は、三人も、四人も御座って」
「その奥州白沢の宿外れにて討たれた者は、御代田仁右衛門とて、拙者ら兄弟の父で御座る」
「何?」
弟が、素早く立って、右源太の横へ廻った。そして
「立てっ、尋常に、勝負せい」
兄は、片膝立てて、刀をもって
「尋ねた甲斐あって――よくも、父を欺し討とし、あまつさえ、お上を欺き奉ったな。刀をとれ。――女狩、立てっ」
右源太は、蒼白になって、顫えていた。
「父の敵、勝負だっ」
お歌は、膝の前の金を、素早くとって、よろめきながら立上った。
「女。邪魔だっ、外へ出ろっ」
お歌が、壁へ手を当てて、よろめきつつ、――だが、金だけは、片手に握って、走って出ようとした。
「お歌」
お歌は、振向かなかった。
「お歌っ」
右源太が、立上って、お歌を追おうとした。弟が、その腰を蹴った。右源太は、壁へどんとぶっつかって
「無法なっ」
と、怒鳴った。近所の人々が、走って出てきて、お歌へ
「おやっ」
「何か、騒動が――」
「ええ、敵討。右源太は、悪人で、あの人に斬られます」
右源太は、微かに、それを聞いて
「歌っ、何を申す」
「うぬっ、刀を持てっ」
「いや、何卒、全く人違いにて申訳御座らん。大作は、本物と、弟子と、影武者と――」
「うるさい、武士らしく、勝負せい」
「兄上。長屋の人の騒がぬうちに」
「歌っ。おのれ金を持逃げして、全く、人ちがい――」
「父の怨み、大作殿の怨みを晴らす、弟」
二人は、刀を振上げた。
「ちがう、人ちがいだ。女狩右源太も、二人あるっ。三人あるっ。わしはちがう
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