、時々、人が通った。葉の間、枝の間から、ちらちらと、見えていた。
「先触れも、通りませんな」
「少々、遅いが――」
 人の影が見えると、二人は、津軽の行列の中の一人では無いかと、じっと、すかして眺めていた。
「外の道を、もしかしたなら――」
「そんなことは出来ん。無届で、参覲交代の道を変えることは、重い咎《とが》めになる」
「え、――降りて、見て参りましょうか」
「明日にでも、延びたか――」
「そんなことも――」
 大作は、大砲へ頬を当てて、もう一度、照準をきめてみた。半ヶ月前、半沢山から青面金剛堂を、打破ったので、大砲の偉力は十分に信じることができたし、自分の火術にも、十分以上の自信がもてる。
 大砲は、紙製であったが、良質の紙を重ね合せた固さは、鉄と同じくらいの固さをもっていた。大作は静かに、大砲の肌を撫でながら
「陽が、傾きかけたのう」
 と呟《つぶや》いた。
「その辺まで出て、様子を、見てまいりましょう。このまま――」
「よし、大急ぎで」
 良輔が、立上って、草の深い中を、手で分けつつ、走り出した。
「気をつけよ」
 良輔は、頷いたまま、すぐ木の中へ、草の中へ、見えなくなってしまった。

    四

「先生っ、言語道断」
 良輔が、叫んだ。
「何んとした?」
「道を変えて、逃げ走りました」
 大作は、草の中へ、立上った。
「道を変えたか」
「裏道へ」
「裏へ」
「何んとも申しようの無い卑怯《ひきょう》者。何うして、これが洩れましたか、それにしても侍共が、まだここへまいらんのは、幸で御座りますが、早く立退きませんと、いつ、何時まいるかと――」
「そうか」
 大作は、火薬の包を、大砲へ、抛出すように置いて
「矢張り、裏切者がいたか?」
「百姓らで、御座りましょう」
「それは判らんが――」
「先生、もし、役人が、来ましては」
「もう、追っつけ暮れるであろう。周章《あわ》てることは無い」
「折角の大砲が――」
「大砲は、また造れる。当節は、いろいろと苦心して造っても、学んでも、役に立たんことが多い。学んで、役に立つのは、流行《はやり》唄ぐらいのものだ。是非も無い」
「大砲は?――このままで――」
「真逆《まさか》、背負って歩く訳にも行かぬ、又、誰か、心ある者でも、発見したなら、工夫の役に立つこともあろう」
「よく出来ましたに、惜しゅう御座いますな」
「惜しゅうて、
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