役に立たんのが、ずい分いる。平山先生の如き――」
「全く」
 と良輔が頷いた。
「参ろう」
 大作は、残した物の無いのを確めてから、草の中を、静かに歩き出した。
「残念だ。津軽め、命冥加《いのちみょうが》な」
 良輔が呟きつつ、ついて行った。
「併《しか》し、わしも、命冥加だぞ」
 大作が、振向いて、笑った。

    五

「一足ちがいだった。残念な」
 女狩《めがり》右源太は、大声で、叫んだ。人々が、振向いた。
「警固、御苦労に存じます」
 右源太は、役人に挨拶した。
「いや」
 役人も、軽く頭を下げた。
「江戸から、大作を追うておりまして、ようよう手蔓《てづる》を握ったかとおもうと、取逃しまして――」
「ほほう、江戸から――」
 役人と、役人の周囲にいる木樵《きこり》、百姓が、一時に、女狩の顔をみた。
「拙者は、南町奉行附同心、女狩右源太と申します。役目によって大作の手に倒れました兄の仇討なり、又二つには、役の表によって――」
 右源太が、話している内に、役人も、あたりの人も、幾度も頷いた。
「大作を、召捕ろうと――それが、半日ちがいで、取逃すとは――」
「御尤《ごもっと》も――」
 右源太は、役人の脚元を覗いて
「それが、大砲で御座りますか」
「いかにも――」
 右源太は、脚下へ、しゃがんで、大砲を叩いてみて
「紙?」
 と、見上げた。
「紙らしく見受けますな」
「はははは、手遊びの――これは、嚇《おど》かしで、昔の楠公の――」
「めっそうな、お武家様。あんた、これで、この先一里余りの所にある御堂をめちゃめちゃに打ちこわしましてな」
「馬鹿らしい。それは、買冠《かいかぶ》りじゃ。余り、大作を恐れすぎている」
「いいえ、本当に――」
「その時は、青銅製で、嚇かしておいて、これで又、嚇かそうと、――元来、彼、相馬大作の先生、平山行蔵なる代物が、いかさま学者で、奇を売物にしているのだからのう」
 と、いった時
「退け退け」
 と、いう声がして、供を先に、後に、裏金陣笠の侍が、草の中から胸を出して、近づいてきた。

    六

(埓《らち》も無い)
 と、右源太は、山を降りながら、思った。
(相馬大作、相馬大作と、豪傑のように――来てみれば、左程でも無し、富士の山だ。紙の大筒など、子供欺しをしおって――万事、平山のやり方は、山師だ。玄関先に、堂々と、いかなる身分の
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