それでは――先生、お名前を、相馬大作のお名前を使いますことを許して頂けますか」
「よいとも」
「有難う存じます」
「短銃?」
「買求めます」
「わしのを使うがいい」
「いえ――」
「精巧でないといかん。相馬大作が、武器も選ばず、旧式のを使っていたと噂されては、心外だ。二十間ほどの着弾距離があるが、十間なら、十分に、打抜けよう。江戸へ戻ってから手渡そう」
「万々、仕損じました節は、お名を汚しませぬ。また、首尾よく仕遂げましたなら、天下の白洲《しらす》にて、いささか学びました、大義大道を説くことに致します」
「良輔」
大作は、和やかな眼で、眺めた。
「はい」
「わしは、十七八年、平山先生について学んで、ようよう心らしい心になったが、お身は、三年にしかならぬ。よく、その決心がついたの」
「恐入ります」
「血気だけではできんことだ」
「決して、逸《はや》っているのでは御座りません」
「逸っていてもよい。お身が、相馬大作といっても、大作はわし一人しか無い。逸った大作、逸らぬ大作、何《いず》れにしても、世人に与えるものが同じならよい。先生は、お喜びになるであろう」
鶏が鳴いた。
「夜鳴している」
と、大作が呟いた時、寺の鐘が、時刻を知らせた。
「寝よう」
と、いって、床へ入った大作は、すぐ寝入ってしまったらしく、静かな寝息が聞えてきた。良輔は、興奮に冴えた眼を、闇の中で、開きながら
(眠るのと、眠られぬのと、これが心の到る、到らんの差だ)
そう思いながら、眠ろうとしていると、隣りの部屋で、低く
「南無阿弥陀仏」
と、繰返している男がいた。
(あの男――あの侍、何処かで、見たことのありそうな――)
と、良輔は思ったが、思い出せぬ内に、寝入ってしまった。
十八
南町奉行附与力、曾川甚八が、足早に出てきて
「大作を討取ったとは、ほんとか、入れ、入るがよい」
と、立ったままでいって、褥《しとね》の上へ坐った。右源太は、縁側に、平伏しながら
「忝のう存じますが、旅着のまま、むさ苦しゅう御座りますゆえ、これにて――」
「首をもって戻ったか?」
「はっ、恐れながら」
右源太は、喘《あえ》いでくる心臓、呼吸を押えて、酒浸しの布にくるんだ上を、油紙で巻いた首を、布の中から取出した。臭い臭いがした。曾川は眉を歪めながら、右源太の手許を見ていた。曾川の従者が、左右から
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