位、筋の通った着物を着ていたのは、少かったであろう。だから貧乏に見えぬのは当り前である。
 それに、須磨子が、美人で、相当の家の女だから、ちゃんとした姿をしているし、何処から見ても、生活の為に、授業料が納められないとは見えなかったにちがいない。何んしろ、この須磨子は、ハガキ一枚買って来いというと、必ず十枚買ってくる。
「一枚だよ」
「ハガキ一枚なんて買えますか」
 これが、その内、高利貸しの前で、煙草を喫いながら
「お金なんか、廻り持よ」
 と、云うようになるのだから、話もいろいろとおもしろいものがある。
 ハガキ一枚が恥かしくて買えぬ位の女だから、友人がくると、ビール、酒、肴《さかな》、どんどんもてなす。いよいよもって、貧乏人ではない。金が無くなると、私に内証で例の債券を処分していたらしい。私は、生活上に経験があるから
(二十五円で、よくやれるな)
 と、考えていたが、月々十円位ずつは、債券を食っていたのであろう。
 この時分、私の住んでいた家は、今もあるが、私のいた時分には、隣りの大家、村田という大工さんと、二軒きりであった。
 場所は、早大グラウンドの後方で、家賃四円八十銭。八、
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