があった。ここに落語がかかっていた。友人に連れられて、一夕赴いたが、女剣舞師に花房百合子というのがあって、剣舞一つ、踊一つ、居合抜き、軍歌と、これだけやるが、この女に惚れた。これが、私の初恋である。

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雪はちらちら降るその中を
熊本連隊十三隊
第一大隊日を定め
陸軍繰出す熊本城を
数万の弾丸飛越えて
吾兵各所に進撃す
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 と、いう唄を唄いながら、御下げ髪に白鉢巻、刀を抜いて踊るのに惚れたのだから、その頃から、ファッショだったのであろう。
 所が、小遣がない。それで、花房が、寄席の掛けもちの為、車で走るのを、私が追っかけて――車は街路の真中を、私は、恥ずかしいから軒下を――走りながら、飽く程顔を見て、へとへとになって
(何んて馬鹿だ)
 と、思ったが、これを二度やった。三度もやったら、気狂いが追っかけてくると花房は思ったであろうが、この時、花房を思う歌などを作った。これが、私の歌の最初であるが忘れてしまった。
 その内に、学校は無し、弟は十歳にもなって、背負わなくてもいいし、時間が余るし、同じ落第仲間へ遊びに行く事を覚えた。同級の井上市次
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