卒業式の時、中学へ入っても、卒業式の時のだけ――だから、余計、この写真の無くなったのが惜しい。私の子供時分のたった一枚の写真である。
 高等小学へ入っても、学校の生活以外は、子守、洋燈掃除、惣菜の買出し、丁稚《でっち》代りであったが、そろそろ大きくなるにつれ、今度は、父が
「店番しろ」
 と、云い出した。父が、買物に出ている間、母が夕飯の支度でもしていると、店へ客が来ても、便利が悪いので
「十三にもなったら、店番でけるやろ」
 である。
「うん」
「符牒《ふちょう》教えたる」
 古着屋の符牒は、今何うか知らぬが「タカラモツシヤワセ」というのであった。これへ、五をかける。だから「タ」は、五銭か、五十銭か、五円かである。「タツ」は「タ」を五に五番目の「ツ」で、五に五をかけて、二十五、計七十五銭が元値で、これに、一円四十五銭位の札をつけ、二十銭引いて、一円二十五銭で、五十銭の利というようなものである。
「おい、坊《ぼん》さん(小僧のこと)まけとき」
 と、云われて
「まかりまへん」
 と、本を読んでいた記憶が可成りある。こんな時には、狭いから、すぐ母が出てきて、応接する。私は、母と入れかわっ
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