静が、長女であったが為、植村へ入籍できなかったせいであるが、悪意に考えると、何うも、父母は、公然と結婚したのではないらしい。私も、結婚をした事はないが、貧乏と[#「貧乏と」は底本では「貧之と」]共に、矢張り親譲りのものである。
 弟を背負ったり、惣菜の買出しに行ったりしている間に――尋常四年の頃であろう。その時の光景を、今でも、明瞭《はっきり》と憶えているが「のばく」から、通りへ出る坂の右側に「金時湯」という湯屋がある。その前で、一人の女に逢うた。その時
(きれえやな)
 と、感じたが、これが私の初恋らしい。この女は、すぐに、同町三丁目の露路の中にいる畠山しげ子だとわかったが、この事を、友達に話すと、貧乏人街の早熟の子供は、ことごとく知っていた。この女の家が丁度、惣菜の買出しに行く道筋に当るので、それから二三日は通って顔を見たいし、気まりが悪いし、大いに困ったことを憶えている。
 だが、それは、ほんの僅かな間で、同じような綺麗な娘が、斜向《はすむか》いの薬屋にいるのに、それに対しては、何んの感情も動かなかったのだから、ほんの子供心の恋情にすぎなかったのであろう。それにしても、十一歳か、
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