寺町の上の方に、尼寺があって、そこに、国宝の観世音が祭られているが、その縁日が、八の日に立つ。立つと、玉造から、丁度、私の家の辺まで、七八町――大阪で有名な夜店である。
 いつ頃か、一人で行くようになった時に、小遣銭として、二銭母がくれた。これが、小遣をもらった最初であるが、二銭を握って、三度位、七八町の間を往復したであろうか? そして、とうとう何も買わずに戻ってきた事があった。
 この中で、本だけは、よく買ってくれた。その時分、道頓堀筋、日本橋東へ入る南側に、絵本屋があったが、そこへ行って、絵本を買うのが、唯一の楽しみで、当時一冊、三銭位であったであろうか、彩色した袋の中に入っていて、中は、馬糞紙の粗末なものであったが、それだけが、私の買ってもらった唯一のものである。

    七

 私が生れてから十年目に、弟が生れた。父が
「清二が生れよったさかい、いつまでも御前遊んでたら、何んならん、少し、うちの事手伝い」
 と、ランプの掃除が、その第一の仕事になった。これは、前々から、私がやっていたらしいが、洋燈の掃除について、一寸も叱った事の無かった父が
「こら、汚い、もっと丁寧に掃除せん
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