歯医者と云う事に気がつかないばっかりだった。
「オー何という簡単なそして美しい、そして平和にみちた考えじゃろう、諸君よ、わし等は一夜を地獄に過した。しかし今は太陽の輝き、小鳥はうたい、そうして歯医者の輝かしい姿が世界を慰撫していられるを見られい」
「アー、私にもその意味がわかるでしょうか、もし地獄の拷問を受ける気で辛抱強くその意味を考えると」とフランボーが大股に前方にのり出して叫んだ。
師父ブラウンは今やわずかに日の輝いた芝生の上に踊り出《で》したい歓びを押えかねる様な顔付をした。彼は気の毒そうに子供の様に叫んだ。
「オーわしは何となしに嬉しくなって来る。だが今までわしがどのくらい苦るしんだか、あなたがたに見せてやりたいくらいだ。しかし今わしはこの事件には深い犯罪というたようなものが全然ない事を知る事が出来た。だが少し気狂《きちが》いじみたものがあるばかりじゃ」
こういいながら彼はもう一度大きく廻って、二人の相手の方に勿体らしく顔を向けた。
「諸君この事件は何も犯罪の物語りではないので」と彼が始めた。「これはむしろ正直の物語というべきである。吾々はこの地上に於ける自分の分前《わけまえ》以上のものを決して取らんところの一個の人間を論ずるのじゃ。だからこの種の宗教族であるところの野蛮な生きた論理の研究でありますぞ。[#「。」は底本では欠落]
グレンジール家を諷して歌った。『生木にゃ青い血、オージルビーにゃ金の血』という名高い鄙歌《ひか》はあれは修辞的の意味ばかりでなく文字通りの意味があるのじゃ。すなわち、グレンジール家は単に富を集めたばかりでは無く文字通りに黄金を集めたものでじゃ」
「彼等は黄金製の装飾品や器具を山のように集めたんじゃ。彼等は実にけちん棒でその果は狂人のようになったんじゃ。わし等が城内で発見した、あらゆるものをこの事実に照らしてみる事が出来るんじゃ。それはダイヤモンドの指輪があっても金の指輪がない。
「※[#「鼻+(嗅−口)」、第4水準2−94−73]煙草はあれども、金の煙草入がない。散歩杖はあるけど金の頭飾りがない。ぜんまいや歯車はあるが金側《きんがわ》時計がない。そしてこれは全く気狂いのような話しじゃが、あの古い弥撤《みさ》書にある基督《キリスト》像の後光や神の御名《おんな》でさえも、やはりあれが純金であったものじゃによってこれもまた抜き取られ
前へ
次へ
全18ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング