「旦那又参りました」
 と、庭にでも落ちていたような顔をして、忠実そうに通仙に手渡す。
「うるさい奴じや」
 と気にもとめない。源八その内にそれと知って、一日酒の勢をかりて、通仙に申込むと頭ごなしに叱られてしまった。
「畜生め、御嬢さんに聞いてみろ。二つ返事で、あの源八ならと来るのだ、覚えてやがれ坊主め」
 と、怨んでいたが思出すのは例の石子詰である。神鹿《しんろく》を殺す者は、人殺しよりも重い罪になるというのが、とにかく掟らしく云触《いいふら》されていたから、源八夜中に一頭ぽかりとやっておいて、死骸を通仙の門口へ置いておいた。
 私はこの話を誰かの作り事であると云っておいたが、この鹿殺しなどもよく出てくる手である。
「やあ鹿が死んでいる」
 落語で云うと、門口へ鹿でも死んでいると大変だというので、奈良では競って早起きしたと云うが、冬寒くって夏暑い所、夜中までも起きている必要のない所だから早起きをしたのだろう。
「鹿め通仙さんに見て貰いにきて、叩いても起きないうちに死んだのやろ」
「阿呆抜かせ」
「それでも春日《かすが》さんの使姫の神鹿や、その位のことは判るで」
「神鹿の死損《しにそ
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