避けたが気が上ずっている身体《からだ》はままに動かない。耳から頬へかけて一筋かすられる。こうなればもう二人とも本当の刀は使えない。無茶苦茶に呼吸《いき》がつづけば斬合うだけである。相当の腕の者なら、槍を受けておいて斬込んだ時に、致命傷を与えてそれでケリがつくのだが、腕のちがいはそうも行かない。宮本武蔵が、
「二刀を使うのは、片手でも双手《もろて》と同様に働かせるための練習である」
 と云っているが此処の事である。片手で斬込んだ時|平常《ふだん》の練習で双手で斬込んだと同じ効果《ききめ》があったら、数馬は矢張池田家中第一の美男子でおられたかも知れないが、不幸にしてこの心得が無かったため、顔へ二ヵ所の傷を受けてしまった。武蔵は従って大抵二刀で仕合をしていない。必ず一刀でそして一太刀で相手を倒している。流石《さすが》に剣道の第一人者だけの事がある。又右衛門とは又同日の談ではない。
 この二人の勝負で、数馬は十三ヵ所、又五郎は五ヵ所の手傷を受けた。池田家に保存されているこの時の祐定の刀には六ヵ所も斬込みがあって如何に悪闘したかを物語っているが、伝える所によると「辰の刻より三刻が間」というから朝
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