供の槍を取るが早いかそれを力にしてひらりと左の方へ降立つ。
「又五郎、覚悟致せ」
「さあ、参れッ」
 万屋も鍵屋もバタバタと戸を閉める。小田町は大騒ぎになった。数馬は又右衛門に仕込まれて相当の腕にはなっている。しかし真剣の立合はこれが始めてである。ただ敵に対した時の覚悟だけはちゃんとしていたらしい。美少年でも流石《さすが》は寛永時代の武士、中々味のある勝負をしている。又五郎は琢磨兵林によると真刀流の達人で、弱年の頃「猫又」を退治したと書いてあるが、「猫又」などという代物が怪しいように、又五郎の腕も判らない。その証拠には源太夫を殺した時に周章《あわて》て、止《とど》めも刺さなけりゃ、鞘まで忘れて逃出してしまっている。不良少年の強がりで一寸《ちょっと》人を斬っては見たが、度胸も腕もそうあったものとは思えない。それ以後二三年の修業だからまずは数馬と互角の勝負、ただ槍をもっているだけが強味という所である。腕が同じだと槍の方に歩がある。槍の目録に対して刀の免許が丁度いい位で、一段の差があるそうである。
 又五郎は中段に位をとる。数馬は柳生流の青眼、穂先と尖先《きっさき》が御互にピリピリ働いて、相
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