衛門は左角の鍵屋の軒へ忍んで北谷口で逸する敵の退路《にげみち》を切取ると共に先頭《さき》に立つ一人を斬る。荒木、渡辺の二人は万屋の小影に身をひそめて又五郎と附人に当る。
四
寛永十一年十一月七日、辰の刻、今の朝八時である。此時荒木が又万屋へ戻ろうとするから、
「何故《なぜ》?」
と聞くと、
「イヤ、一文多く渡したのだが、平常《いつも》なら何でも無いが、こういう場合だから、又右衛門め周章《あわ》てたなと思われるのが残念だから、一寸《ちょっと》行って取戻してくる」
と云ったという話があるが、これは嘘らしい。
長田川の橋に現れた一行、真先に立って周囲《あたり》を見廻しつつ馬上でくるのは又五郎の妹聟で大阪の町人虎屋九左衛門、半町も先に立って物見の役とある。つづいて美濃の国戸田家の浪人、桜井半兵衛とって二十四歳の若者、使慣れたる十文字の槍を小者三助に立てさせ馬側に気に入りの小姓|湊江清左衛門《みなとえせいざえもん》を引つけ、半弓をもった勘七、同じく差替をもった市蔵を後にしたがえて、天晴なる骨柄寛永武士気質を眉宇《びう》に漲らせている。又五郎同じく二十四歳、小者一人、喜蔵と
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