かったという心算《つもり》じゃ。実際は一人の人間が建物の中にはいって、そして出て来たんだが、彼等はそれを心にとめなかったまでの事でな」
「見えざる人ですか?」とアンガスは彼の赤い眉をつりあげながら訊いた。
「心理的に見えざる人じゃ」ブラウンはいった。
それから一二分の間をおいて、ブラウンは行く道を考えてる人のように、相も変らぬ謙遜な声でまた語り出した。「もちろんあなたがたはさような人の事を考える事が出来るかもしれん。サアそこが犯人の狙いどころでな。しかしわしはアンガスさんのお話のうちに二三ちょっと暗示を得たところがある。第一に、そのウェルキンなる者がしばしば遠方まで歩き廻ったという事実がある。次に、飾窓に郵便切手をたくさんに貼付けたという事実がある。次にまた、これが第一じゃが、その若い婦人のいわれた事が二つある。もっともそれは真実ではなかった……まああなた気を悪くされては困るが」と、ブラウンはアンガスが急に頭を振立てたのを見たので、あわててこうつけ加えた、「御婦人は自分では事実だと信じておいでのようだが、どうもそれは事実ではない。ある人が街で手紙を受取るとする、その時街路に誰も居ない
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