建物に面して、砂利の散らばった半月形の街路の向側に、庭園というよりは嶮しい生垣もしくは土手といいたい一むらの籔地がある。その下にややはなれて外濠か何かのように、細長い運河のような水道が走っている。自動車は行く行く栗売男のただ一つの屋台店の前を過ぎた。そして行手の街路の涯に、アンガスはノソノソと歩いている巡査の薄墨色の姿を見た。寂しい郊外の山の手に、人間の姿といったらこの二つの姿だけだった。何だがこの二つの姿が物語の中の登場人物ででもあるかのように感じられた。
 豆自動車は右側の建物へ弾丸のように飛びついて、弾丸のようにその持主を発射した。彼はすぐに金ピカの役服を着た丈の高い使丁と、シャツ一枚の背の低い門番とをつかまえて、誰かまたは何かが、彼の部屋へたずねて来ているものはないかと訊いた。誰も、訪ねては来ないという事がわかったのでスミスといささか面喰らったアンガスとは狼火《のろし》のように昇降機《エレベータ》へ飛乗って最上層へ到着した。
「ちょっとはいって下さい」とスミスは息もつかずに言った。「ウェルキンから来た手紙をお目にかけたいから。それからあなたは街角を曲って探偵さんを連れて来て下さ
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