取上げて、飾窓へ持帰った。それから戻って来て、テーブルの上に品のいい肘をつきながら、憎らしくはないが、腹が立つというような様子でその青年を見た。
「あなたは私にちっとも考えさせてくださらないんですもの」彼女はいった。
「僕はそんな莫迦ではないよ」とアンガスが答えた。「僕だってクリスチャンの謙遜の徳は持ち合わせているよ」
彼女はなおアンガスをジッとみつめていた、しかし彼女は微笑のかげではかなり真劔な気持になっていた。
「アンガスさん」ローラはしっかりした声で云った。「まあ冗談はよしにして、私自分の事であなたに出来るだけかいつまんでお話ししたい事がありますの」
「素的々々と」アンガスが答えた。「そして僕の事についてもなんとかいってもらいたいね、あなたがそれを話してる合間にね」
「まあ、だまって私のいう事を聞いて下さいな」彼女はいった、「私はそれについては何んにも恥《はじ》る事はないんですの、またそれについて私が特別に悲しんでるという事もありませんのよ。けれどあなたは、私の知った事でもないのに、やたらに怖くて仕方のないことがあるといったらあなたはどうお考えになりますの?」
「その場合にはねえ」と男は真面目|相《そう》に「あなたはあの菓子をもう一度持って来なくてはいけないね」
「あら、あなたは大事な話の方をよくきいて下さらなくてはいけませんわ」とローラは負けずにいった、「では始めに、私のお父さんがラドベリーに『赤魚軒《せきぎょけん》』という料理屋を出していた事からお話しいたしましょう。そしてそこで私は酒場の給仕女をつとめていましたの」
「どうりで私は、この菓子屋にはどこか基督《キリスト》教くさいところがあると実はふしぎに思っていたんだよ」
「ラドベリーは東部地方にある眠たそうな、草深い小さい穴ぼこのような土地ですの、そして『赤魚軒』へ来る客といったら、時折旅の商人が来るくらいで、その外は、あなたなぞは見た事のないような、それは恐ろしい人達ばかりですわ。みんなごろつきのような連中でしてね、それあひどい着物を着けて、酒場へ来て椅《よ》りかかってるか賭馬《かけうま》でもして何んにもせずにブラブラしてるんですの。けれど、そういうごろつきでも、少しくらいは平凡でないところもあるもんですの、その中に、全く平凡すぎるくらい平凡な二人の男が居たんですの。その人達は自分のお金で生活をしてましたけど、どうも倦《あ》きっぽい怠け者でしたわ、しかも大変におしゃれでしたの。しかし私その二人に同情はしていましたの、なぜと申しますと、その二人が空っぽな私共の店へコソコソやって来るのも、二人とも少し畸形《かたわ》なので、無遠慮な人が見たら吹出してしまいそうなかっこうなのだからではないかしらんと私思ったものですから。もっともそれは畸形といっても当らないかもしれませんわ。それは奇妙とでもいうんでしょうか。一人の方は驚くほどの小男で、まるで侏儒《しゅじゅ》か、せいぜい博労ぐらいにしか見えない男でした、けれども彼は全く博労《はくろう》とも見えませんでしたわ、円い黒い頭をしてよく手入れの届いている黒いヒゲをはやして鳥の様にピカピカする眼をしてましたわ、その人はいつもポケットの中でお金子《かね》 をガチャガチャさせて、大きい金時計の鎖をつけていましたの、その人は仕様のない怠者ではありましたけど決して馬鹿ではありませんでした。何んの役にも立たないような品物を手にでももたせると、即座に手品でするように不思議な知慧を出しました。マッチ箱を一五くらいならべておいて、煙火《はなび》のように順々に火を吹出させたり、バナナや何んかをきざんで舞踏人形の形にこしらえたりしましたの。その人はアインドール・スミスといいました。私は今でも小さい黒い顔をしてその男が帳場の所へ来て、葉巻を五本立ててカンガルーの跳んでる恰好をこしらえる様子がありありと眼に見えるような気がしますわ。
「それから、もう一人のほうはもっとむっつり屋で人並に近かったのですけど、どういうものか私には侏儒のスミスよりもっと不思議に見えましたわ。その男は非常に長くて細くて、髪の毛は薄いし、鼻はひどい段鼻だしそれに眼といったら気味の悪るいほどひどい籔睨《やぶにらみ》で、ほんとにあんなにひどいのは私見た事も聞いた事もありませんわ、だからその人に睨められると、睨められた方で自分がどこにいるのか見当がつかなくなるようでしたのよ。御本人もそれがひどくつらい様に見えましたの、それで、スミスがどこかで猿のように芸当を始めようとすると、ジェームス・ウェルキン――というのは籔睨の名ですの――はただ酒場にこびりついているか、単調な田舎道をたった一人でやたらに歩きまわるかするばかりでしたの、ともかく、スミスの方だって、自分の小さいことを気にはしておりました
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