しますよ、彼の住居《すまい》はハルムステッドのラックノー館《マンション》です」
「それは偶然ですな」と小男は濃い眉毛を弓形にしながらこういった。「実は私もその角を曲ったところのヒマイラヤ館《マンション》にいるのです、それであなたも一緒にお出で下さるでしょうなア。私は部屋へいってその奇妙な書状を取出して来ましょう。その間にあなたはその探偵を連れて来て下さい」
「それはいい考えです」とアンガスは叮嚀に言った。「さあでは一つ早いところをやりましょうかな」
 二人の男は可笑しな即座の慇懃さを以って女の形式的な別れを同じように受けた、そして二人は隼のような豆自動車に飛び乗った。スミスがハンドルをとって、大きな街角を曲った時、アンガスは、巨大な鉄製の首無《くびなし》人形で『決して意地悪をしない料理番』というあの昔噺の文字を書いた羊鍋《ソースパン》を手にした、『スミス式|雇入《やとい》いらず』という大きなポスターを見て嬉しがった。
「あれは私の部屋でも使用しているんです」と小男のスミスが笑いながら話した。「半分は広告のために、または半分は実際の便利のためにですな。正直のところ、懸引きのないところ、私の発明したあのぜんまい仕掛の人形は、ボタンの押し方さえ知っていれば、石炭でも、ブドウ酒でも、また時間表だろうが、生きた雇人等よりは何層倍も早く、あなたの手許へ運びますよ、しかし、私は、これはここだけの話ですが、あれにも一つ不便な点のあることは否定出来ませんなア」
「へエそりあほんとですか? あの人形には何か出来ない事でもあるんですか?」
「その通りです」とスミスは平気な顔で、「あやつ等は私の部屋へ誰があの脅迫状を持込んだか、語る事は出来ないのですよ」
 豆自動車は彼自身のように小型で、快速だった。実際のところ、これも首無人形のようにスミス自身の発明になったのだった。

        二

 自動車は高台の方へ螺旋形にのぼって行った。家並の上にはまた家並がつづき、そして彼等の目ざす塔のように特別に高い何層楼という建物は、今金色の日没をうけて埃及《エジプト》の建築物のように高く上空に輝いていた。彼等が街角を曲って半月形の街路へはいると、にわかに窓を開け放ったように世界が変って来た。なぜなら、この建物は倫敦《ロンドン》市の上空にちょうど緑なす甍の海の上に浮べるが如く、かかっているのだから。
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