して鸚鵡返しに云った。
「今は他の事等を説明している時ではない」小男の金持が手短かにいった、「どこかで何か詮議を要するような馬鹿気た事が起っていると見える」
 彼は、手に持つ磨きのかかったステッキで、今しがたアンガスが婚礼の準備だといって総仕舞にした例の飾窓を指し示した。アンガスはその外硝子に細長い紙片がはりつけてあるのを見て驚いた、ちょっと前に覗いた時には確かにそんなものはなかった。精力家のスミスについて街路の方へまわってみると、外硝子におよそ四尺ほどの長さに、印紙が叮嚀に貼付けてあった。そしてそれには蔓草のような文で「もしお前がスミスと結婚するなら、スミスを殺す」と書いてあった。
「ローラさん」とアンガスは偉大な赤い頭を店の中へ突込んでいった、「あなたは気が狂っていない」
「これはあのウェルキンの奴の筆跡です」スミスは荒々しくいった、「私はもう何年もあの男には逢わないが、いつも私の邪魔ばかりしている。最近の二週間にもあやつは五|度《たび》も私の部屋へ脅迫状を投げ込んだのだが、私はどんな奴が投げ込んだのだか、全く解らんので、もしウェルキン自身の仕業だとするとこのままに棄ておく事は出来んのです。門番に聞いてみると、迂散《うさん》な奴等は見なかったと主張するし、ここではまた店の中に客がおるのに飾窓に奇妙なものを張りつけて行くし――」
「全くそうだ」とアンガスはおとなしく言った、「店で客がお茶を飲んでいたのに。それはそうと僕は事に当ってテキパキと片づけるあなたの常識を賞賛しますな。僕等は後で何かと相談し合ってもよろしい。そしてそやつはまだそう遠くへは行くまいと思う、なぜなら僕が最後に、十分か一五分くらい前に、[#「、」は底本では「。」]飾窓の所に行ったときには、たしかに紙片《かみきれ》は貼ってなかったのだからね。しかしまた、僕等はその言った方向さえわからんのだから、後を追いかける事も出来ない。それで、どうでしょうスミスさん僕の忠告を入れて、この事件を誰れか官辺のものよりは民間の、強力な探偵家の手に委ねてはどうでしょう。実は僕はあなたのあの自動車で行けば一五分くらいで行ける所に私立探偵を開いている非常に聡明な人を知っているのですが。それはフランボーと云うのですが、若い時には、ちょっと嵐のような男ではあったが、今は厳格な人間になっているのです。実際彼の頭脳は金に価《あたい》
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