誰も、物を云わなかった。敗兵が、その中を、走り抜けようとして、倒れると
「馬鹿っ」
突倒したり、なぐったりした。
「何をっ」
起上ると、睨みつけたが、新撰組の旗印をみると、すぐ、走ってしまった。
「もうこれきりか」
前と、後ろとに「撰」と大書した四角い旗を立てていたが、その旗へ集った人々は、八十人しか無かった。二百五十人余で、伏見の代官役所から打って出、百七十人、御香ノ宮で、一槍も合さずに討たれたのだった。
それから、橋本で退却して、夜戦に、いくらか戦ったが、誰も鉄砲の音がすると、出て行か無くなってしまった。
枚方《ひらかた》へくると、敗兵が、堤《どて》の上に、下の蘆《あし》の間に、家の中に、隊伍《たいご》も、整頓もなく騒いでいた。大小の舟が、幾十|艘《そう》となく、繋《つな》がれていたが、すぐ一杯になって、次々に下って行った。
舟番場の所には、槍が閃《ひらめ》いていて、大勢の人が、何か叫び乍ら、兵を押したり、なぐったり、突いたり、槍を閃かしたりしていた。
堤の上を川沿いに、よろよろと、黒くつながり乍ら、下級の兵が落ちて行っていた。
「除《の》けっ」
「新撰組だっ」
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