先《つつさき》をのぞき込んでいた。
 金千代と、竜作とは、接待に出た酌婦へ、江戸の流行唄を教え乍ら、酒をのんでいた。
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甲州街道に、
松の木植えて
何をまつまつ
便《た》より待つ
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「あんちゅう、いい声だんべえ。この御侍は、よう」
 と、酌婦は、金千代に凭れかかった。金千代は、左手で、女の肩を抱いて
「今度は、上方の流行唄だ」
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宮さん宮さん
御馬の前で
ひらひらするのは何んじゃいな。
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「誰だ」
 隣りの部屋から、怒鳴《どな》った。金千代が、黙ると
「怪《け》しからんものを唄う。朝敵とは、何んじゃ」
 会津兵が、襖《ふすま》を開けて
「これっ」
 金千代は、御叩頭して
「仕舞いまで唄を聞かんといかん」
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あれは、芋兵《いもへい》を
征伐せよとの
葵《あおい》の御紋じゃ無いかいな
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「たわけっ」
 と、云って、会津兵が引込んだ。酌婦が、その後姿へ、歯を剥出した。
「御前今夜、どうじゃ」
 酌婦は手を握り返して
「俺らも、甲府まで、くっついて行くべえか
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