が、洋式鉄砲は、二三町位で利く。一刀流も、無念流も無い。鎧も、甲も、ぷすりぷすりだ」
「躾《しつ》けられんか。銃口《つつぐち》を見て何の辺を覗っているか――」
「あはははは」
 土方は、大笑いして
「蛤《はまぐり》御門の時より、一段の進歩だ。それに味方の伝習隊が役に立たぬ」
「味方の鉄砲が役に立たぬに、敵の鉄砲が」
「シャスポーを、フランス式は使用しているが、何んでも幕府に金の無い為、安物を買ったとかで、銃身の何《ど》っかが曲った廃銃まであるという噂もあった」
「有りそうな事だ。そして、誰が討死した」
「うむ――周平が、山崎が、藤堂が――」
「皆、鉄砲でか」
「うむ」
 近藤は、暫く、黙っていたが
「何んとか、法の無いものか? 俺は、あると思えるが――」
 と、云うと、自分の肩の鉄砲疵の事を思い出した。
(これは、不意討だった。前に、覗っている奴が見つかったなら、撃《う》たれはしまい。謙信は、鉄砲ぐるみ、兵を斬った事さえある)
 土方は、懐の金入から、小さい円い玉を出して
「これが、弾丸だ。わしの前へ落ちた奴を、ほじくり出してきた。もう二寸の所で、やられる所だった」
 近藤は、じろっと、見たまま、手に取ろうともしなかった。
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   下篇ノ一

「何うにか、成るだろう」
 開陽丸の甲板の手擦りに凭《もた》れて、岩田金千代が、友人の顔を見た。
「御前は呑気《のんき》だよ」
 空は晴上っていた。波は平《たいら》だった。そこに見える陸地に戦争があって、その戦争に、一昨日まで、従っていたとは思えなかった。
 金千代は、枚方《ひらかた》で、新撰組の舟に、うまく乗れたし、城中から逃げる時にも、将軍が、天満橋から、茅舟《かやぶね》で、天保山《てんぽざん》へ落ちたとすぐ聞いて、馬を飛ばしたが、間に合って、この舟に乗る事が出来た。同じように、馬でくると云っていた友人は遅れたらしいが
(彼奴《あいつ》は、紀州へ落ちただろう、然《しか》し、紀州だって、敵か味方か、判りはしない。彦根だって、藤堂だって、敵になったのだから――何んて、俺は、運のいい男だろう)
 と、思うと
(何とかなるだろう)
 と、自信がもてた。
「大阪城の御金蔵には、三千両しか無かったそうだし、江戸は君――あの通りだろう」
 江戸では、小栗上野介《おぐりこうずけのすけ》が、軍用金の調達に奔走したが、フランス
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